ライフハック

日米のドラマ/映画作品にみえる3つの気づきにくい日本人特有の価値観

リモートワークで家で過ごす時間が増える中、Netflix、アマゾンプライムの加入者が激増しているというニュースがありました。

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私の場合は、リモートワークが始まる以前から海外にいることもあり、日本のドラマを見る機会はなく、普段は’Suit’、’Blue Bloods’, ‘The Resident’などUSのドラマを中心に見ていました。

日本にいたときは、テレビの影響下で、たまにドラマなどを見ていましたが、アメリカの番組を見るようになると、見たいと思うことは個人的になくなりました。

先ほど、最近日本で放映されているドラマのタイトルを見てみましたが、以下のようなものでした。

私の家政夫ナギサさん
半沢直樹
病室で念仏を唱えないでください
絶対零度 -未然犯罪潜入捜査-

上記のタイトルだけでもかなりのことが想像できますが、私が個人的に感じたドラマに現れている日本人特有の3つの視点について、みていきます。

モノキャラクター VS. マルチキャラクター

まずは、話の展開ですが、日本のドラマでメインキャラクターが設定されますが、考え方、感情の動き、立ち位置などがすべてそのメインキャラクターからの視点のみで語られます。わかりやすいキャラクターが設定され、固定された位置からの喜怒哀楽などいろんなイベントが展開し、終始そのキャラクターが画面を席巻します。

それに対し、海外ドラマ-ここではほぼアメリカになりますが-では、’Suit’のハイクラス弁護士業界で起こる現実、’Blue Bloods’のレーガン警察ファミリーのNY警察官のいろんな職位での見え方の違い、’The Resident’のER研修医が疑問視するメディカル業界の怪しい利権に群がる医師たちなどそのドラマ特有のテーマが中心となるため、そのテーマの材料として複数のキャラクターがそれぞれの立場で感情、損得、善悪などいろんなポイントから発言したり、行動したりしています。

日本では、広告のスポンサーの影響が大きく、その意向により、特定のタレントを取り上げる、‘タレント販売型’でドラマが作られますが、アメリカでは、世の中で起こりつつあること、あるいはこれから起こりそうなことを中心に‘世界観提案型’でドラマが作られます。そのテーマ、世界観にあう人たちが後から人選され、全体の役割が一つのテーマに集約されている構成となっています。

ストーリー VS.テーマ/世界観

1つ目の内容と近いのですが、日本のドラマでは、わかりやすいキャラクターを作り上げて、その人気者が活躍できるというストーリーがあらかじめ決められたうえでドラマが展開していくことになります。メインキャラクター自身がドラマの売りであり、その他のキャラクターは、ちょい役として評価されるだけとなります。要するに、キャラクターとそのキャラクターの持つ単独の視点からのストーリーが売りとなります。

それに対し、アメリカのドラマは、いろんなことが発生している社会、文化、コミュニティーがあり、それを構成している立場の異なった様々な人々がいて、その背景も全く異なっていることが前提として作られます。人々の持っている正義感、価値観は異なっていること自体を描き、それでも最終的には同じ空間に同居しているという、ダイバーシティについての考えが人により、許容範囲が異なるにせよ、全体として正常に機能していることが重要となります。

放送局>制作会社 VS. 制作会社>放送局

最後はすこし、おまけ的になりますが、日本の場合、放送局がドラマの大枠を決めて、制作会社にドラマを発注するという流れで、作られています。

それに対し、アメリカでは、制作会社からまず売れそうなテーマを決めてそれでドラマを作ってしまい、それを単独、あるいは複数の放送局、または有料サブスクリプションサービスに売るという流れで、予算規模自体が制作会社で決定され、日本とはケタ違いの予算で制作されます。一つのドラマエピソードでも映画と同じような予算が費やされることも珍しくありません。

まとめ

日本の映画ドラマは、メインキャラクターの視点からストーリーが展開し、わかりやすいキャラクターが好まれて、人気のあるキャスト自体がドラマの売りとなり、途中でメインキャラクターが不祥事でダメージを受けると、そのドラマ自体の価値も同時になくなってしまいます。

これは日本人が単独民族国家で、単一文化という無意識の前提から自分の立場がどのような位置づけかをわざわざ説明したりする必要もなく、自分の考えていることは、周りの人たちも同じことを考えているという、統一された価値観が前提となっています。

これに対し、アメリカのドラマは、社会構成が様々な立場の人たちがいて、異なった価値観をもち、考え方も異なっているということが日常的に意識されています。自分の意見をいう前に、自分の背景を簡単に説明して、価値観の違う人にも知ってもらうということからスタートしています。

日本でも、それぞれが違った価値観を持つということは広がりつつありますが、日常の中でも自分と同じ価値観を相手も持っていることを前提として、仕事をやっていくことがこれまでは当たり前の常識でしたが、まず相手の立場を理解したうえで、仕事をすすめていく視点もこれからは必要になってきます。

ゴールデンウィークになれば、みんなが一斉に休みをとる、甲子園が始まれば、国民全体が見るという、同じイベントをみんなで共有するという時代はもうとっくに終わっていると思います。

アマゾン、楽天では膨大な種類の商品から自分の好みを選択することができますが、それぞれの価値観により買いたいものが違います。違った価値観の人が自分の価値観で選べる時代で、Netflix、YouTubeもそれぞれ見たいものが異なっています。膨大なコンテンツの中から自分にピッタリのサービスを選べる、いい時代になったな、このごろ感じています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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ABOUT ME
べんきち
東南アジア在住。外資系、国内企業のサラリーマン生活を経験して学んだ仕事への取り組み、働き方、時代の変化への対応などについて、記事を更新します。将来の経済的自由を目指して、人生100年時代を生き抜く知恵を磨いていく過程も発信していきます。